この演説は、2025年5月にシンガポールで開催された国際戦略研究所(IISS)のシャングリラ会合(Shangri-La Dialogue)において行われた。SENTRYのフォーマットに合わせて編集されている。
私は、オーストラリア副首相兼国防大臣として四度目となるシャングリラ会合に再び参加でき、大変嬉しく思う。インド太平洋地域の安全保障について議論する上で、この会合が欠かせない場となったのは、シンガポール政府と国際戦略研究所(IISS)の功績である。
私たちの地域は、世界で最も重要な戦略的舞台となっている。欧州や中東で戦争と混乱が続く中、ここで慢心するわけにはいかない。地政学的緊張が再燃することで、インド太平洋地域は世界最大規模の通常戦力および核再軍備の舞台となるだけでなく、技術覇権を巡る競争の最前線にもなっている。
本日の軍備管理および拡散防止に関するセッションは、軍事能力と技術の交差点に位置する課題群を扱うもので、特に意義深い。今日私たちが知る軍備管理体制、すなわちこの抑制の枠組みは冷戦時代に由来する。当時、核兵器と弾道ミサイル技術の決定的な出現が、米ソ競争のリスクを軽減する必要性に関する緊急の国際的合意を生んだ。この状況が、多国間主義の偉大な成果の一つである画期的な核拡散防止条約(Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons ‐ NPT)の基盤を築いた。この条約は、核兵器拡散を制限する不可欠な枠組みとなっただけでなく、その後の合意とともに、核、生物、化学兵器へと広がる世界的な不拡散努力の礎となった。

核拡散防止条約は世界をより安全にしてきた。今日においてもその重要性は変わらず、私たちがこの条約へのコミットメントを維持することは不可欠である。オーストラリアにとって、核拡散防止条約に準拠することは戦略・外交政策の基本原則である。オーストラリアがAUKUS(オーストラリア・英国・米国の安全保障協力枠組み)の下で原子力潜水艦能力を獲得することは、国家安全保障上不可欠であり、インド太平洋における地政学的均衡の維持にも寄与する。
この道を歩み続けるにあたり、オーストラリアは常にNPTを遵守する。そのため、オーストラリアの包括的保障措置協定(IAEA [国際原子力機関(International Atomic Energy Agency)] との協定)第14条に基づき、最高水準の保障措置を追求している。
冷戦時代には、戦略兵器制限交渉(Strategic Arms Limitation Talks ‐ SALT)、中距離核戦力(Intermediate-Range Nuclear Forces ‐ INF)条約、ミサイル技術管理レジーム(Missile Technology Control Regime ‐ MTCR)が生まれた。これらは利他主義によるものではなく、無制限な拡散という存亡の危機に対する現実的な対応であった。これらの協定は不完全ながらも、誤算が壊滅的結果を招きかねない時代に、極めて重要な安定性をもたらした。
冷戦が終結した35年前、多くの人々は戦略兵器管理の必要性も終わったと考えた。しかし、この考えが驚くほど的外れだったという事実は、現代の状況を如実に物語っている。世界は今、新たでますます複雑化する戦略的課題に直面しており、その不確実性と予測不能性は増すばかりだ。戦略的抑止力と保証の基盤となってきた国際秩序は、危険なほどに衰退している。

2019年に中距離核戦力条約(INF)は崩壊し、非戦略核兵器は正式な合意による制限を受けなくなった。ロシアは2023年、米国とロシアの間で唯一残っていた拘束力のある二国間軍備管理条約である新戦略兵器削減条約(New START)への参加を停止し、同条約自体も2026年2月に期限を迎える。これにより、1972年以来初めて、世界最大の核保有2か国の戦略核兵器に法的拘束力のある制限は存在しない。
より相互に結びついた世界では、二国間の軍備管理だけでは不十分である。より多くの国々が地政学的環境の形成に関与している。中国が、米国に並ぶかそれを上回ることを一部の目的として急速な核戦力の近代化と拡充を進めていることは、戦略兵器管理の将来を再活性化させるべきもう一つの理由となっている。そしてこれは、困難で気の遠くなるような取り組みである。
今日の世界では、単に核弾頭の数量や種類、運搬手段に焦点を当てるだけでは不十分である。サイバー技術や宇宙の軍事化、自律システムと核兵器の統合能力といった新技術は、従来の軍備管理枠組みを既に凌駕しており、それらを補完する確立された管理手法は存在しない。
私たちはまた、新たなる帝国主義的野心の時代において各国が安全保障を求める中、世界的な核拡散の新たな波が差し迫る可能性にも対処しなければならない。ロシアは国連安全保障理事会の常任理事国としての責任を著しく放棄し、東欧における征服戦争で核兵器使用の可能性の脅威を示している。これは、1994年にウクライナが責任ある行動として核兵器を放棄した事例に逆行するだけでなく、ロシアの侵略に最も晒される一部の周辺諸国に、自国の選択肢を再検討させる事態を招いている。
そして、このことは私たちの地域にも深刻な影響を及ぼす。
ロシアは北朝鮮との戦略的パートナーシップに合意し、戦争を継続するために必要な兵器と兵力を確保している。ロシアが北朝鮮の支援の見返りとして核兵器技術を移転している可能性は、韓国と日本双方に耐え難い圧力をかける。同時に、イランの核計画や近隣諸国に対する好戦的姿勢も地域の不安定化要因となっている。これらすべての行動は、ヨーロッパとアジアの両地域で新たな核拡散の連鎖を引き起こすリスクをはらみ、核拡散防止の戦いにおいて重要でありながらあまり注目されない米国の拡大核抑止体制を危険にさらすことになる。

要するに、今日の軍備管理は格段に複雑化しており、そのリスクも増大している。核拡散防止条約(NPT)を含む、かつての軍備管理時代を形作った画期的な条約は、今日においても数十年前と同じくらい重要である。不完全な部分はあるものの、透明性の強化、遵守の徹底、リスク低減が、現代においてこれらの条約を機能させる鍵となる。
オーストラリアの国家防衛戦略(2024年)でも指摘されているように、私たちは、新たな抑制の枠組みを構築するという困難な課題にも投資しなければならない。この枠組みは、今日の地政学的環境の現実や、新技術が軍事兵器に完全に統合される前の特異な性質に対応するものである。私たちが知る軍備管理体制は、しばしば批判される概念である国際的ルールに基づく秩序の基盤的要素でもあった。
軍備管理は、私たちが新たに築くべき広い戦略秩序において、欠かせないがそれだけでは十分ではない要素である。その秩序は、国の力だけでなく、ルールや規範によっても形作られる。こうした持続可能なインド太平洋の秩序は、戦略的競争をうまく管理するために、国々の力のバランスが重要な特徴となる。
地政学において、軍事力の不均衡は挑発的に作用する。それは軍事力行使のリスク計算を変え、3年前のヨーロッパで見られたような抑止力の失敗を招きかねない。
中国は第二次世界大戦以降最大規模の通常軍力増強に踏み出しており、戦略的透明性や安心材料を一切提供せずにこれを進めている。こうした状況こそが、今日のインド太平洋地域および世界が直面する戦略的複雑性の決定的な特徴である。
本日、米国国防長官のピート・ヘグセス(Pete Hegseth)氏が、インド太平洋を米国の戦略的優先地域と位置づけたことは、極めて心強い。現実には、米国抜きではこの地域に効果的な力の均衡は成り立たない。しかし、この均衡を米国だけに任せるわけにはいかない。オーストラリアをはじめ、他の国々もまた、この均衡の維持に貢献していく必要がある。

国防相(右)。ロイター
オーストラリアは、第二次世界大戦終結後、平時としては最大規模の国防費増額を通じて、オーストラリア国防軍の世代的変革に投資している。それは、わが国に対する武力投射を抑止する態勢を整えるだけでなく、さらに重要なこととして、いかなる国家も武力行使が戦略目標を達成する有効な手段だと結論づけないよう、効果的な地域的均衡に貢献するためでもある。政府は、こうした世代を超えた国防投資を進めており、今後も、わが国が果たすべき役割を全うし、この戦略的局面に対応するために必要な資産と能力に基づき、さらなる資金決定を行っていく。
インド太平洋における持続可能な秩序には、平和を維持するためのインセンティブを保つことも欠かせない。勢力均衡は、国家に対し領土征服のリスクがあまりにも大きいことを認識させる役割を果たすが、同時に、平和がそれ以上に価値あるものであると確信させることも必要である。そのためには、貿易、投資、知的交流、そして人の往来といった分野で、国家間の相互依存関係を維持し、さらに発展させていくことが求められる。
戦略的競争の激化に対する対応として、供給網のリスク分散は不本意ではあるが必要な措置である。しかし、これを全面的なデカップリングへと進めてしまうのは重大な誤りだ。インド太平洋地域を地政学的、あるいは地経済的なブロックに分断することは、私たちすべてを貧しくするだけでなく、紛争に対してより脆弱にしてしまう。国家間の貿易や投資を通じて繁栄を築く機会が失われれば、平和を維持するための重要なインセンティブも同時に失われることになる。

相互依存は万能薬ではない。しかし、安全保障化も同様で、選択肢を二者択一に狭め、皮肉にも抑止力を損なうことになる。自由貿易は重要である。貿易はアジア地域の生命線であり、高関税による貿易への衝撃と混乱は、多大なコストと不安定化をもたらしてきた。
オーストラリアは常に安全保障上の要件に十分な注意を払うことを確実にする。また同時に、地域の貿易・投資のさらなる統合、人や思想の自由な交流、そしてこれらを支える地域独自の多国間枠組み、特にASEAN(東南アジア諸国連合)や太平洋諸島フォーラム(Pacific Islands Forum)への投資を引き続き推進していく。
昨年の会合に参加した際、私はインドネシアのプラボウォ・スビアント(Prabowo Subianto)大統領の演説に強く感銘を受けた。その中で、「大国の知恵と政治手腕は、世界の諸国にとって依存されると同時に求められる存在である」と述べていた。この大統領の指摘をこれほど鮮明に示す事実は他になく、それは戦略的核競争の再燃と、この競争をさらに危険にする技術的手段の出現にほかならない。
緊急の軍備管理上の要請を含む安定かつ持続可能な地域秩序は、すべての国が他国の主権的権利、国際法の義務、そしてルールに基づく世界秩序を尊重しながら戦略目標を追求する場合にのみ実現する。こうした軍備抑制の有効性こそが、まさに現代の私たちに課された試金石となる。
スピーチの全文はこちらで閲覧可能:https://www.minister.defence.gov.au/speeches/2025-05-31/address-2025-shangri-la-dialogue-plenary-session-3-managing-proliferation-risks-asia-pacific
